宇随のことをじっと見つめる続ける雛。
その視線に気づいた宇随が雛に近づいてくる。
「なんだよ、そんなにじっと見て。あ、もしかして、俺に惚れたのか?」
「ち、ちが」 「わかってるって。いいこと言うなぁって感動してたんだろ。 おまえ、見る目あるよ。可愛い顔してるし、俺の子分にしてやってもいいぜ」宇随が調子づいて雛の肩に手を置いた瞬間、彼の体は宙に浮いた。
雛の一本背負いが決まる。と思いきや、咄嗟に受け身を取った宇随は、完全に地面に着く前に向きを変え、華麗に着地を決める。
周りにいた男たちは二人の突然の動きに驚き、皆その場から散っていった。
「……おまえ、すげぇな。女みたいな顔してやるじゃん」
宇随が雛を見て嬉しそうに笑った。
雛は宇随を睨み返す。「あんまり舐めてると、痛い目みますよ」
「へえ、見せてもらおうじゃん」宇随が楽しそうに笑って、一歩踏み出そうとした。そのとき、
「やめておけ」
突然の声に、皆がそちらへ視線を向けた。
宇随の背後から声をかけてきた人物。
先ほど門のところで雛と話したあの男だった。振り向いた宇随が驚いた顔をする。
「これはこれは……中村(なかむら)神威(かむい)さんに声をかけてもらえるなんて、嬉しいね」
宇随は神威から間合を取る。
神威は雛をちらっと見たが、一瞬で目を逸らした。
「ここで騒ぎを起こすと全員落とされるかもしれんぞ。いいのか」
神威は宇随を睨みつける。
そのオーラと迫力に皆が圧倒されていた。 別格だ、この人は何か違う。きっと皆が同時にそう思ったはずだ。「だな……助かった。ついノリでさ。
……それより、あんたと対戦できるの楽しみにしてるよ」宇随は神威に手を差し出す。
神威は黙ってその手を見つめたが、その手を取ることなく変わりに雛の方を見た。雛は話しかけようと試みたが、さっと視線を逸らされてしまい、その機会を失ってしまった。
神威は皆に背を向け去って行こうとする。それを追おうとする雛だったが、ふいに宇随が声をかけてきた。
「おっと、ちょっといいか」
「え?」雛は宇随の方へ振り返る。しかし、神威のことが気になり、雛はもう一度神威の方へ顔を向けた。
しかし、そこに彼の姿はもうなかった。仕方なく、雛は宇随についていくことにした。
「さっきは悪かったな。
俺さ、強い奴見ると、すぐやり合いたくなっちゃうだよな」宇随は軽く謝ると雛にも握手を求めてきた。
雛も先ほど投げ飛ばしてしまったことは悪いと思っていたので、素直に握手に応じる。
「私の方こそ、ごめんなさい。女みたいって言われて、気にしていたからつい」
「そうだよな、本当に悪い。でもおまえマジで強いだろ? 俺にはわかるぜ。あの身のこなし、俺を投げ飛ばすなんてさ。 俺、おまえのこと気に入った。お互い六人の中に残れるように頑張ろうぜ」宇随……彼はきっと悪い人間ではない。
そう思った私は、笑顔を見せた。そして、雛は先ほどから疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。
「ところで、さっきの男性とは知り合いなんですか? 中村神威さん、でしたっけ?」
「ああ、別に知り合いではないけど、あいつ超有名人なのよ。 地元で有名な公家の出で、さらに剣の腕前も超一流。あいつに敵うやつはもう国にはいないって話だぜ。 俺あいつと地元が同じで、たまたま顔知っててさ」宇随の話だと、どうやら神威は雛とは住んでいる地区は違ったようだった。
遠いところに住んでいるなら、ますます雛のことを知っているはずはない。 どうしてあんな反応や視線を送ってくるのだろうか?雛が考え込んでしまうと、宇随がニヤニヤとした笑顔でからかってくる。
「あれ? もしかして、惚れた? まぁ、あいつモテるからなぁ。
家柄はいいし、顔もいいだろ、それに剣の腕もピカイチときたもんだ。羨ましいね。 しかーし! 俺はあいつに勝つぜ。 見てろよ、俺が日本一だって証明してやる」張り切って気合いの雄叫びを上げる宇随に、雛は圧倒される。
元気いっぱいで羨ましいかぎりだ。 こういう人がいる方が、皆の士気が上がっていいのかもしれない。雛は微笑みながら宇随が語る自慢話にしばし耳を傾けた。
トーナメント開始を知らせる、銅鑼の音が辺りに鳴り響く。 試合は一般の人たちにも開放され、見物できるようになっている。 物珍しさからか、観衆たちが会場へ集まり始め、辺りは一気に人込みで埋め尽くされていく。 試合は一対一で行われ、どちらかが負けを認めるか一方が戦闘不能と判断されるまで続くルール。 それぞれ四つの区画で試合は同時に進行していく。 初戦から神威が戦うということもあり、一区画だけ観戦者の人数が以上に多かった。 そこへ、雛と宇随も人並をかいくぐり、神威の様子がなんとか見える位置へと移動していく。 あとは試合開始を待つだけだ。 神威はもう既に位置についており、試合が始まるのを待っている様子だった。 彼は試合前だというのに落ち着きはらい、顔色一つ変えず佇んでいた。 対戦相手はというと、神威を威嚇するように睨みつけ、鼻息荒く興奮している様子が覗える。 筋肉質な体が目立つ、いかにも戦闘になれた屈強そうな男だった。 体格的には圧倒的に相手の方が有利に見えるが、その余裕な態度から、観衆は神威の勝利を確信しているように見える。 神威への声援が飛び交う中、審判の声が高らかに響いた。「はじめ!」 試合開始の合図とともに、早速相手の男は神威に飛び掛かってきた。 神威はピクリとも動かない。 男が神威に向けて刀を振り下ろす。が、そこに神威の姿はもうなかった。 どこへ消えたのかと男は周りを見渡す。「これがあなたの実力ですか?」 背後から声をかけられ、驚いた男は急いで神威から間合いを取った。 男の額には、冷や汗が滲んでいる。神威の脅威のスピードを目の当たりにして、怯えているようだ。 観衆も、神威の早いスピードに驚きを隠せない。「おい、今の見えたか?」 「いや、あいつの動き見えなかった」 皆が驚く中、宇随だけが喜びの声を上げる。「そうだろうよ、そうでなきゃつまらねぇ。面白くなってきた!」 隣で
宇随のことをじっと見つめる続ける雛。 その視線に気づいた宇随が雛に近づいてくる。「なんだよ、そんなにじっと見て。あ、もしかして、俺に惚れたのか?」 「ち、ちが」 「わかってるって。いいこと言うなぁって感動してたんだろ。 おまえ、見る目あるよ。可愛い顔してるし、俺の子分にしてやってもいいぜ」 宇随が調子づいて雛の肩に手を置いた瞬間、彼の体は宙に浮いた。 雛の一本背負いが決まる。と思いきや、咄嗟に受け身を取った宇随は、完全に地面に着く前に向きを変え、華麗に着地を決める。 周りにいた男たちは二人の突然の動きに驚き、皆その場から散っていった。「……おまえ、すげぇな。女みたいな顔してやるじゃん」 宇随が雛を見て嬉しそうに笑った。 雛は宇随を睨み返す。「あんまり舐めてると、痛い目みますよ」 「へえ、見せてもらおうじゃん」 宇随が楽しそうに笑って、一歩踏み出そうとした。そのとき、「やめておけ」 突然の声に、皆がそちらへ視線を向けた。 宇随の背後から声をかけてきた人物。 先ほど門のところで雛と話したあの男だった。 振り向いた宇随が驚いた顔をする。「これはこれは……中村(なかむら)神威(かむい)さんに声をかけてもらえるなんて、嬉しいね」 宇随は神威から間合を取る。 神威は雛をちらっと見たが、一瞬で目を逸らした。「ここで騒ぎを起こすと全員落とされるかもしれんぞ。いいのか」 神威は宇随を睨みつける。 そのオーラと迫力に皆が圧倒されていた。 別格だ、この人は何か違う。きっと皆が同時にそう思ったはずだ。「だな……助かった。ついノリでさ。 ……それより、あんたと対戦できるの楽しみにしてるよ」 宇随は神威に手を差し出す。 神威は黙ってその手を見つめたが、その手を取ることなく変わりに雛の方を見た。 雛は話しかけようと試みたが、さっと視線を逸らされて
雛は大きく立派な門を見上げ、立ち尽くしていた。 門に続く左右の壁はどこまでも続いており、終わりが見えないほどだった。 門の向こうには、立派なお屋敷が見える。 紙に記されていた招集場所はここのはずだ。「……緊張してきた」 勢いでこんな所まで来てしまったけど、本当に女だとバレないだろうか。 急に不安が押し寄せてくる。 雛は大きく深呼吸した。「邪魔だ」 突然、背後から声が聞こえ振り返る。 一人の男が雛を見下ろしていた。 雛の顔を見たその男は、わずかに反応する。「君は……」 そうつぶやき雛をじっと見つめてくる。 雛はこの男を知らなかった。 少し長く伸びた黒髪から、覗く瞳。 端正な顔立ちに見つめられ、雛は柄にもなくドキッとしてしまう。「どこかで、お会いしましたか?」 雛が男を見つめ返し問いかけると、男は視線を逸らした。「いや」 それだけ言うと、男は門の中へ入っていく。 今の雛は男装をしている。 この恰好を誰かに見られたことは一度もない。 もし女の雛を知っていたなら何か言ってくるはずだ。 知り合いに似た人でも居たのかもしれない、あまり気にすることもないだろう。 そう思い直した雛は気合いを入れ直し、男のあとに続き門をくぐった。 門の中に入ると、それはそれは広大な土地が広がっていた。 いったいお屋敷何個分なんだ? と雛は目を白黒させる。 ここで訓練をするのだろうか、広大な土地のほとんどが土だけの原っぱだった。 残り少しの間に、石畳やら池やら、植木が並んでいる。その奥に立派なお屋敷があった。 周りを見渡せばたくさんの男たちが既に集まっていた。 いかにも剣の腕に自信がありそうな剣士風な男、筋肉が強調された屈強そうな戦闘モードの男性、力はなさそうだが頭脳戦で活躍しそうな知的な雰囲気をもつ者。
やがて雄二は静かに問いかける。「それで、そこへ行きたいと言うのか?」 雄二の声はいつもより低くかった。真剣な様子が伝わってくる。 雛は緊張し、拳に力を入れギュッと握った。「はい」 「駄目だ」 即座に否定する雄二。 雛もそう返されることは予想していた。「なぜですか? ……と言ったところで、いつもの返事が返ってくるのはわかっています」 「わかっているのなら話は早い。あきらめなさい」 「嫌です」 今度は雛が即座に返答する。 雄二もそれは想定内だった。「いい加減にしなさい。おまえは女なんだ、剣士にはなれない。 もしそこへ行ったとしても、受け入れてもらえない」 「それはこれから考えます。とにかく私は行きます」 雛の頑固さに、とうとう雄二の怒りも頂点に達しようとしていた。「雛! 許さん、私は断じて許さんからな! おまえはもう十五だろう、いい加減聞き分けなさい。 もう結婚してもいい年頃だ。いずれ父さんがいい人を見つけてくるから、その人と結婚して女として幸せに生きなさい」 一方的なその発言に、雛も黙っていられない。「父さんはいつもそう、女だからって決めつけて。 私の人生は私が決める! 父さんのことは尊敬してるし、言っていることは正しいのかもしれない。でも、これだけは譲れないの! 私の夢を否定しないで! 私は弱き人々を守るために自分の力を使いたいの。それができないなら生きている意味なんてない。 父さんは私に死んだように生きろというの? そんな父さんなんて、嫌い!!」 涙を浮かべた雛は、その場から逃げるように走り去る。 残された雄二は一人、項垂れるように俯いた。「雛……すまない、しかしおまえのためなんだ」 深いため息をつき、雄二は雛が去っていった方を見つめ、ゆっくりと目を伏せた。 その夜、雛は鏡の前で自分の
雛が屋敷へ戻ると、玄関では雄二が誰かと話しているようだった。 客人だろうかと耳を澄ますが、声が小さくて話している内容はわからない。 身なりや態度から、相手はどうやら武士だということがわかる。わざわざ来訪するとは何か重大なことなのだろうか。 話は終わり客人が帰ると、神妙な顔をした雄二が手に持った紙を睨んでいる。 その紙を持ってどこかへ向かう雄二のあとを雛は追っていった。 すると雄二は自室へと入っていく。 しばらくすると出てきた雄二の手に、先ほどの紙はなかった。 雛はなんだかすごくその紙が気になって仕方がなかった。 父が隠したということは雛の目に触れさせたくない内容なのかもしれない。 もしくは、重要機密事項が書かれているか。 どちらにせよ、雛の好奇心をひどくかきたてた。 いけないことだと知りつつ、どうしても衝動を抑えきれない雛は、辺りを警戒しながら雄二の部屋へと入った。 雄二の部屋は机と本棚しかない。 六畳ほどの一室に、びっしりと本が並べられている。ここは書斎兼仕事部屋のようなものだった。 雄二が何かを隠すときは、この本棚に隠すと決まっている。 題名に雛の名前か、母の名前が入っている本に挟むことが多かった。 雛は本の中からまず自分の名前を探ししていく……何冊目かの本でそれは見つかった。「あった!」 本を手に取り、パラパラと本のページをめくっていく。 すると、先ほど雄二が持っていた紙だと思われる物が挟まっている個所を発見した。 それを手に取った雛は、本を元あった場所へ戻す。ゆっくりと扉を開け、辺りを警戒しながらそっと部屋を出ていった。 雛は自分の部屋へ戻ると、その紙に書かれた内容に目を通す。『未来を切り開く若者、集まれ! 平和な世を築くため、君たちの力が必要だ』 大きくそう書かれており、その下には詳細が記されてあった。 平和のために、今の政権と戦う若い剣士を募集しているという内容だった。 公家、武家、農民、商人、町人、位は問わない。破格の報奨金が褒美として貰えるとも記してある。 その下には、集合場所と日時も書かれていた。 雛はその紙を握り締め、雄二のもとへ向かった。 その頃、雄二は縁側でお茶を飲みながら考えにふけていた。 もしこのことを雛が知れば、また大騒ぎするに決まっている。 絶対に知られ
町は多くの人で賑わっていた。 雑踏の中、雛は人混みを避けながら一人歩く。 夕飯の買い出しへ出かけた雛は、賑やかな町の喧騒を尻目に落ち込んでいた。 少し俯いて歩いていたせいで、人にぶつかりそうになる。「すみません」 雛が顔を上げると、目の前では青年が雛を見下ろしていた。 鋭い視線に少し冷たい印象を感じる。 青年は雛を一瞥しただけで、何も言わずさっさと歩いていってしまう。 不愛想な人だな、とその後ろ姿を見つめていると、突然雛は誰かに目隠しされた。「だーれだっ」 こんなことをするのは一人しか思い浮かばなかった。「若菜(わかな)でしょ?」 雛が振り向くと、ニカっと歯を出して笑う小野(おの)若菜がいた。「もう、その反応つまんない。もっと、ビックリしてよ」 唇を尖らせ、頬を膨らませるその姿は年齢よりも幼く見える。 雛があきれ顔で若菜に告げた。「だって、こんなことするのは若菜くらいだもの」 「いいじゃん、私たち親友でしょ」 そう言って、いたずらっ子のような表情で嬉しそうに微笑む若菜。 若菜の笑顔が雛は大好きだった。何でも許したくなってしまう。 若菜は雛の幼馴染で親友。 他の女の子たちより元気に外で遊ぶことが好きな雛は、他の子たちから浮いていた。 しかし若菜はそんな雛にピッタリな男勝りな少女だった。 剣術の相手もしてくれたし、外で魚釣り、泥遊び、かけっこ、鬼ごっこ、男子が好きそうなことを若菜は楽しそうに雛と遊んでくれた。 彼女の性格はとてもサバサバしていて、雛と波長が合う。 若菜といると心地がよかった。 彼女といる間だけは男とか女とか、考えなくていい。「雛、なんだか暗い? どうしたの?」 雛が何かに悩んでいることに気づいた若菜が心配する。 昔から、彼女には隠し事ができなかった。「また、父さんと喧嘩したんだ……」 雛が父との喧嘩の内容を説明すると、若菜は怒りを露わにする。「ほんと、信じられない。なんで皆男だからとか女だからってこだわるのかね! 雛、負けるんじゃないよ。 大丈夫! 雛が常識を塗り替えてやれっ」 若菜が力強い眼差しを向け、雛を励ます。「ありがとう、若菜……」 若菜の言葉には力がある。 雛はいつも彼女の存在に救われていた。「私、雛はたくさんの人を救える力があるって思う。 き